✒️ 🩺 「それは気のせいです」——医師に否定され続ける患者たちの「医療ガスライティング」の傷
検査数値に異常が出ない。だから「気のせい」「不安だ」と片付けられる。そんな医療現場での否定が、患者に深い心の傷を刻んでいる——アメリカ心理学会(APA)の機関誌が、医療ガスライティングの実態と危害を報告しました。
🧠 はじめに知っておきたいこと
- 医療ガスライティング:医師や医療従事者が、患者の本当の症状を「気のせい」「心理的な問題」と否定し、信じないこと。映画『ガス燈』で夫が妻を狂気に追い込む手法から来た言葉です。
- POTS(起立性頻脈症候群):立ち上がった時に血圧や脈が異常に波動する病気。客観的な検査で見つけにくく、しばしば「不安」と誤診されます。
- 子宮内膜症:子宮の内膜が子宮外に増殖し、激しい痛みを起こす病気。診断までに平均5〜12年かかると言われています。
- トラウマ知情ケア:患者が過去に医療で傷を負っていることを前提に、安心感と信頼を回復させるための接し方。
🔬 何を調べたか
- 1,000人以上の子宮内膜症患者の調査を分析
- 13の診断が難しい病気(ロングコロナ、POTS、線維筋痛症など)を持つ11,000人以上の患者の研究を統合レビュー
- 医療ガスライティングの実態と、それが患者の心理と行動に与える影響を調査
🎯 何が分かったか
① 「自己疑念」が最も多い被害
- 症状を否定された患者に最も多った感情は「自己疑念」でした。「私の頭の中で作られているのか?」「注目を集めるためにやっているのか?」と自分を責めてしまいます。
- 恥、罪悪感、屈辱感などの「否定的な道徳的感情」も多く報告されました。
② PTSDのような症状を呈する
- 否定された経験がフラッシュバックのように蘇り、医療機関を受診すること自体を避けるようになる患者がいます。
- 一方で、病気への不安から逆に過剰に医療機関を利用してしまう患者もおり、これはトラウマ反応の一種です。
- 現在の診断基準では「トラウマ」として分類されていませんが、研究者は将来の基準改定を求めています。
③ 女性や有色人種がより標的に
- 記事では、黒人の若い女性「キアラ」の事例が紹介されています。ウイルス感染後に起きた動悸やめまいを「不安だ」と片付けられ、抗精神病薬を処方されました。
- その後、ようやくPOTSと診断されましたが、女性、有色人種、肥満体型の人は、症状を心理的・精神的なものと決めつけられるリスクが構造的に高くなっています。
④ 医師の「分からない」という正直さが信頼を回復する
- 患者が求めているのは「異常はない」という嘘の安心ではなく、真剣に向き合ってくれる態度です。
- 「今の医学では分からないことがある。でも、一緒に解決の道を探そう」という姿勢が、患者と医師の信頼を回復させます。
- 患者側も、受診時に友人や家族を同席させ、症状を客観的に伝える「代弁者」を置くことが有効です。
💡 何を意味するか
「検査で異常がない」=「病気ではない」ではない
- 現在の医学の検査技術では測れない病気がたくさんあります。
- それを「心理的要因」と短絡的に結びつけることは、患者から診断の機会と尊厳を奪う行為です。
- 「気のせいではない」という事実を認めること自体が、治療の第一歩になります。
医療トラウマの連鎖を断つ
- 一度否定された患者は、他の真面目な医師も信じられなくなります。
- 医師側は、患者が過去に医療で傷を負っていることを前提とした「トラウマ知情ケア」を学ぶ必要があります。
- 患者の警戒心や抵抗を「非協力的」と捉えず、傷を抱えているサインとして読み取るべきです。
⚠️ 注意点
- 本稿は心理学・医療ジャーナリズムの記事であり、単一の臨床研究論文ではありません。
- 「医療ガスライティング」は正式な医学用語ではなく、患者側の視点から生まれた表現です。
- 医療従事者全員が意図的に患者を傷つけているわけではなく、時間制限やシステムの疲弊が背景にある点にも触れられています。
🧩 一言で言うと
「検査で異常がないから気のせいだ」と医師に否定される「医療ガスライティング」が、患者に自己疑念や恥、PTSDのようなトラウマを与えている。特に女性や有色人種が標的になりやすい。患者が求めているのは「異常はない」という嘘の安心ではなく、「分からないけど一緒に探そう」という正直さと向き合い方。検査数値に出ない病気を心理問題と決めつけることは、診断の機会と尊厳を奪う行為だ。
📄 記事情報
- タイトル: The hidden harms of medical gaslighting
- 著者: Heather Stringer
- 掲載: Monitor on Psychology (APA) (2026年10月号)
- URL: https://www.apa.org/monitor/2026/10/harms-medical-gaslighting